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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)9026号 判決 1997年1月23日

原告

油谷ヒデ子

被告

永田朝男

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇二六万二三七七円及び内金九三六万二三七七円に対する平成七年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成七年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、足踏み式自転車に乗つて走行中、普通貨物自動車に接触されて転倒して負傷したとして、普通貨物自動車の運転者である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償(内金)を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成四年四月三日午前一〇時五〇分ころ

(二) 場所 大阪市大正区三軒家西二丁目一九番一四号先路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車(なにわ四〇ほ六六七二、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 両原告運転の足踏み式自転車(以下「原告車」という。)

2  原告の後遺障害認定、損害のてん補

原告は、自賠法上後遺障害三級三号の認定を受け、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から保険金一二八六万円の支払いを受けた。

二  争点

1  過失・過失相殺

(被告の主張)

被告は、被告車を本件現場の十字型交差点(以下「本件交差点」という。)を西から東へ後退する際、西詰の停止線で一旦停止し、右後方の安全を確認した後、左後方を確認しながら時速二ないし三キロメートルで後退中、折から買物に行くため急いでいた原告が北側の右方道路から本件交差点に差しかかつたが、前方注視が不十分であつたため被告車の発見が遅れ、被告車を避けようとして左にハンドルを切つた際に自ら転倒したのであるから、本件事故につき被告には過失はない。仮に過失があるとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(原告の主張)

被告は、本件交差点を後退中、右後方の見通しが困難であつたから、右後方の安全を確認しながら最徐行して後退すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然時速五キロメートルで後退し、折から右方道路から本件交差点に進入してきた原告車と接触させ、驚いて避けようとした原告車を転倒させたのであるから、本件事故につき被告には過失がある。

2  本件事故と原告の症状との因果関係、寄与度減額

(原告の主張)

原告は、本件事故により転倒し、脳内出血等の傷害を負つたものである。

(被告の主張)

原告の脳内出血は、脳の中央部である右被殻部で生じたものであり、本来脳にねじれが生じるような重大な事故で起きるが、本件事故はそのような事故ではないし、また、右被殻部出血は高血圧性脳内出血の典型的な症例であるところ、原告は、たまたま被告車が後退してきたときに高血圧による右被殻部出血を起こし、左足に麻痺がきてこむらがえりのような状態となつて転倒したものであるから、右被殻部と本件事故との間には因果関係はない。仮に原告が被告車の後退に驚いたとしても、右被殻部出血は既往症である高血圧により生じたものであるから、右被殻部と本件事故との間には因果関係はない。仮に因果関係があるとしても、原告の高血圧等循環系疾患が影響を与えていることは明らかだから、五〇パーセントの寄与度減額を行うべきである。

3  損害

第三争点に対する判断

一  争点1(過失・過失相殺)について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲二の1ないし100、三の1ないし3)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場は、概ね同じ幅員(路側帯を除き四メートル程度)の東西道路と南北道路が交差する信号機のない十字型交差点(本件交差点)であり、南北道路には南行一方通行の規制があり、東西道路には本件交差点手前に一時停止の規制がある。本件交差点は左右の見通しが悪いが、本件事故当時には本件交差点北西角に駐車車両があつてさらに見通しを妨げていた。

(二) 被告は、被告車を後退させて東西道路を東進し、本件交差点手前の停止線辺りで一旦停止した後、首を左側から回して後部窓から右後方を確認したが、車両等が来ていなかつたので、首を左後方に向けて時速約五キロメートルで後退を開始したところ、本件交差点中央をやや過ぎた辺りでがちやんという音がしたので被告車を停止させたら、被告車の右前方に原告車と原告が倒れていた。

(三) 原告は、原告車に乗つて南北道路の左側を南進中、本件交差点手前で被告車が後退して来るのを認め、被告車との接触の危険を感じ、驚いてあわてて避けようとして自車の安定を失い、転倒した。

2  以上の事実によれば、被告は、被告車を運転して本件交差点を後退通過するに当たり、左右の見通しが悪いうえ、駐車車両によりさらに右後方の見通しが悪くなつていた本件交差点を後退進行させるのであるから、最徐行し、交差する南北道路通行車両の安全を継続して確認しつつ進行すべき注意義務があつたのに、交通閑散に気を許し、一時停止直後に確認して以後、右後方の安全を確認しないまま時速約五キロメートルで進行した過失が認められる。他方、原告にも、前記のとおり見通しの悪い本件交差点に進入するに当たり、前方左右を注視して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前記のとおり右方道路から低速で後退してくる被告車に気付くのが遅れた過失があると認められる。そして、前記事故態様、双方の過失内容等を勘案すれば、原告に三割の過失を認めるのが相当である。

二  争点2(本件事故と原告の症状との因果関係、寄与度減額)

1  証拠(甲二の33ないし35、48ないし86、四、七、八、乙一、二の1、2、三の1ないし3、証人井上剛、同油谷敏雄)によれば、原告の治療経過、後遺障害の症状等は以下のとおりであることが認められる。

(一) 原告は、本件事故後、大阪市立大学医学部附属病院(以下「市立大学病院」という。)に搬入され、来院時、左後頭部挫創、左側耳出血が認められ、血圧一八〇/八〇、意識レベルはJCS3で発語不明瞭だが瞳孔不同ないが、左上下肢の麻痺2/5があつたのでCTを施行され、右被殻部に出血、硬膜下血腫等の所見が認められた。しかし、明らかな気脳の所見が認められなかつたこと等から緊急手術は行われず、保存的治療を受けた後、平成四年四月八日からリハビリのため、医療法人きつこう会総合病院多根病院(以下「多根病院」という。)に転院し、同年一〇月九日まで(市立大学病院から通算して一九〇日間)入院してリハビリ中心の治療を受け、立ち上がりには介助を要するものの、寝返り、起き上がり、坐位保持、ベッドと車椅子間の移動の自立、短下肢装具とT杖を使えば五〇ないし一〇〇メートル程度の歩行ができるようになり、トイレにも一人で行けるようになつたので退院することになつた。退院後は、同年一〇月一〇日から平成五年三月三一日まで(実日数九日間、但し、原告は多根病院までの通院が困難であつたため、右通院のほとんどは原告の兄が来院して塗布薬、内服薬をもらうだけであつた。)通院した後、通院に便利な寒川医院に転院して最初の一回だけ往診してもらい、その後はもつぱら多根病院と同様原告の兄が塗布薬、内服薬をもらいに行くだけの治療を現在まで継続し、平成六年四月二〇日、多根病院で症状固定と判断され、後遺障害として、傷病名脳内出血(右被殻出血)、他覚症状として「左片麻痺、筋力上肢2/5、手指3/5、下肢3/5、左側にて腱反射亢進」等と診断され、自賠責保険の後遺障害等級認定において、三級三号の認定を受けた。退院後は、原告の兄は、原告を風呂に入れたり、買物、炊事、洗濯等の身の回りの世話をしているが、退院時の状態と比較すれば、現在の方が良くなつていると感じている。

(二) 原告の担当医井上剛(以下「井上医師」という。)は、原告の右被殻出血につき、CT上の出血の場所、形態から頭部に外傷が加わらずに出血が起こつていれば、高血圧性脳内出血と診断できるが、本件では、原告にはクモ膜下出血、頭蓋底の骨折を疑わせる耳出血等相当の頭部衝撃を窺わせる所見が認められていた上(外傷を受けた左側とは反対の右側に出血が起こつているが、脳内の損傷は外傷を受けた側と反対側に起こることが多い。)、入院当初における原告の血圧が高いが、前記程度の衝撃を受ければ、通常人でも前記程度の数値まで上がつても何ら不思議ではないこと等から外傷性脳内血腫と診断した。

2  以上の事実、特に井上医師の前記診断を考慮すれば、前記した左片麻痺等の後遺障害は、本件事故により生じたものと認めざるを得ない。なお、被告は、本件事故直前に原告が高血圧性の脳内出血によりこむらがえりを起こした旨主張するが、こむらがえりの原因が高血圧性の脳内出血に限られるわけではない上、井上医師の前記診断からすれば、被告の右主張は採用できない。また、被告は、原告に高血圧等循環系疾患があつたことを前提にして寄与度減額を主張するが、高血圧性脳内出血は、高血圧症等循環系の疾患がなくても、加齢による動脈硬化で起こり得るものであるところ(証人井上剛)、原告に加齢現象を超えた循環系の基礎疾患があることを認めるに足りる証拠はないから、被告の寄与度減額の主張は採用できない。

三  争点3(損害)について(円未満切捨て)

1  入院雑費(主張額二六万六〇〇〇円) 二四万七〇〇〇円

原告は、本件事故により前記のとおり一九〇日間入院したが、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円とするのが相当であるから、右雑費は二四万七〇〇〇円となる。

2  入院時の付添看護費(主張額三八万円) 三八万円

原告の前記症状等に照らせば、前記入院期間中の近親者の付添看護が必要であり、前記したとおり現に原告の兄が付添看護をしていたことが認められるところ、右費用として原告が主張する一日当たり二〇〇〇円を認めるのが相当であるから、原告の付添看護費は三八万円となる。

3  退院時と将来の付添看護費(主張額一七〇一万八五〇八円) 一一六一万九二五三円

原告の多根病院退院後の前記症状等から、退院後も将来(訴え提起までの一〇六三日、訴え提起〔原告七三歳〕から平均余命一三・七七歳まで)にわたり、兄の付添看護が必要であると認められるところ、前記した原告の自立状況、兄の介護状況等を考慮すれば、右費用としては一日当たり二五〇〇円を認めるのが相当であるから、右費用は以下のとおり一一六一万九二五三円となる。なお、被告は、原告が通院によるリハビリを怠つたことを理由に付添費を認めるべきでない旨主張するが、原告の自立状況は前記のとおり退院時より退院後の自宅療養時の方が良くなつていること、医師が退院を認めたのは自宅でのリハビリで十分であると判断したともいえること、原告には仕事をかかえた兄しか付添を頼める人がいないこと(甲四、七、証人油谷敏雄)等を考慮すれば、被告の右主張は採用できない。

2,500×1,063+2,500×365×9.8211=11,619,253

4  入通院慰謝料(主張額二八五万円) 二〇〇万円

前記した入院期間、通院状況、原告の受傷内容等に勘案すれば、二〇〇万円が相当である。

5  後遺障害慰謝料(主張額一九〇〇万円) 一七五〇万円

前記した後遺障害の内容、程度等に勘案すれば、一七五〇万円が相当である。

6  以上の損害合計は三一七四万六二五三円となるが、前記した三割の過失相殺をし、既払金一二八六万円を控除すると、九三六万二三七七円となる。

7  弁護士費用(主張額一〇〇万円) 九〇万円

本件事案の内容、認容額等を考慮すると、九〇万円が相当である。

四  以上によれば、原告の請求は、金一〇二六万二三七七円及び弁護士費用を除いた内金九三六万二三七七円に対する本訴状送達日の翌日である平成七年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

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